先生だったかがパリ管を「自ずと均整が取れてしまうオケ」と称していたけど、ヘボウにも何となく似たような印象を抱く。もっと攻撃的で獰猛(笑)なBPhも演奏中に崩れた音量バランス等を修正するのが巧いと思うけど、ヘボウは初めから突出する奏者が居なくて予めバランスが合ってる印象。
それにしてもショルティのオケコンは良い。CSOとのライブはライブと思えない完成度で尚且つ高揚感もある。RCOとのライブは滑らかで上品、そして今日聴いたWPhとのライブは妖しく艶めかしい、もっとハッキリ言えばエロい。でもどれも凄い出来だと思う。ショルティ凄い。
@bra2ota カラヤンWPhの新世界ライブ(1979.7.29)は時期的に近いBPhとの77年EMI盤に似てますね、彼らしい流麗でゴージャスな音でWPhがピシッと締まってますね、低弦ゴリゴリなのも嬉しいです(笑)。
ヘボウの音色と音響にチューニングが合ってきた気がする。意識して(≒ポジティブに)聴こうとするとやはり違いますなぁ。ヘボウの音響は「海の中を泳いでいる」かのように自分には聞こえる。実際に海の中でそう聞こえるかではなくて、イメージですけど。
西東社の歴史がおもしろいシリーズ『図解 古事記・日本書紀』を読んでるけど、以前図書館で借りた別のムックと比べるとレイアウトが微妙で読みにくい印象。どこもかしこもマーカーペンで線を引きまくった参考書的、とでも言ったら良いのか。
(天才以外は)普通の恰好をした指揮者が何か面白いことをやれるとも思えない。風貌は内面の狂気が顕現したものなのや!(キリッ)…でも風貌が怪しいからと言って凄いかというと必ずしもそうではないから難しい。
セーゲルスタムは風貌がいかめしくて素晴らしい。どう見てもメタルのギタリストか何かにしか見えない(北欧のお家芸とも)。そうや、芸術には怪しさが必要なのや。
町田に行く途中の鎌倉街道と鶴川街道の三叉路(菅原神社付近)角にあったすき家がなくなってて、少し寂しくなりました。町田のオフとか行くと帰るのは大体夕方だったから、夕闇迫る中であの店に寄ることが多かったもので。自分とすき家の出会いの場所だったのかも。㌧
1980年代は音楽産業が激しくショービズ化したからか、大人のミュージシャンも色気を出していた(笑)時代だったような気がするんですよね。僕は70年代のアダルトな音楽の方が好きかも。
7~8年振りくらいにビリー・ジョエル『ストレンジャー』を聴いてるけど、やっぱり良いアルバム。1977年発売の作品で、以前はそう意識はしなかったのだけれど「ちゃんと」70年代の音なんだなと実感。80年代のネアカな潮流とは違う落ち着いたムーディーな感じ、好きやなぁ。
ドゥダメルSBYO『春の祭典』ちゃんと聴くの初めてだけど、カップリングの組曲『マヤ族の夜』が面白い。盛り上がる音楽だし管弦楽曲の定番になっても良さそうな感じ。



おぢさん



