今更気付いたんだけど、Last.fmって同じアーティストの同一名の楽曲は全部同じ物として判断しちゃうのね。アルバムのタイトルだけあって各楽曲が全部「Untitled」扱いの奴とかさ。
読書から何かの答えを見つけたいとか、何かを学ぼうみたいなのがこれっぽっちもない。ただ物語や文章の美しさに酔い痴れて愉しめれば、そこから読み終えた後に何か学ぶものがひとつでも付いてくれば拾い物だが、最初から「勉強してやるぞ」って意識高めて鼻息荒くしながら読みたくはないものですね。
多分俺の本との接し方の方が間違ってるんだけど(勿論自分自身は一切間違っちゃいないと思っているが)、こういう風に取り上げられる際の「読書=為になるもの」みたいなのが本当にまったく全然一切解らない。
齢二十八にして、人生ではじめての『神曲』に挑む。「我を過ぎて憂愁の都へ/我を過ぎて永劫の憂苦へ…」~「…一切の希望を棄てよ、汝等こヽに入る者。」の有名な一文を遂に実際に目の当たりにして「おお…」ってなってる。
数年前、神田玉英堂書店でこの本の民文社版と出逢った。出逢った瞬間恋に落ちて衝動買いした。その本の中に挟まっていたのが、この当時の新聞の切抜き。これも探せと云われた気がした。吉屋信子『屋根裏の二處女』洛陽堂版(1920)を探しています。 http://t.co/g3qmnKBu
今日の収穫はAsmus Tietchens『Sinkende Schwimmer』、Eddie Prévost & Jim O'Rourke 『Third Straight Day Made Public』の二枚です。どちらも大変好い物ですね。
肩に響いて、肩から腹まで下りて来て吐き気を催す程の眼精疲労に突如ずんと見舞われて二十分くらい悶絶してた。この眼球、神の失敗作の不良品だから、本当に新品と交換して欲しい…。
旧い雑誌で(写真は復刻版)、本文の隙間にちょっと挿し込まれる版画もどれも当時の味がある。ジョン・ヴェラスコ・ロペス(最上純之助)の詩に添えられたこの画も非常に自分好みで胸を擽られる。かわいい。「子供部屋」 http://t.co/KPNQHVnm
日夏耿之介監修同人『奢灞都』第三巻第四号 扉絵 格好良い。この版画は誰の作品だろう。絵の中にサインもあるが、印刷で潰れていて読めない。このままノイズ音楽かブラックメタルのジャケットに使えそうだと思った。大正十五年発行の雑誌。 http://t.co/nrelDMcm
神保町の古書市に足を運び、その後銀座の展覧会で作品鑑賞という、非常に文化的かつ都会的な洗練された休日です。
シャツの襟の先端や枕カバーの四隅の角を親指の腹でこちょこちょ擽ってぞわわとした快感を得るのが子供の頃から変わらず大好きというのは俺が抱える他人に言えない秘密事の結構上位に食い込むやつだ。



宮下千鶴












