与えられた目標に猪突猛進できる環境が整ってるうちってあんがい人間楽で(肉体的にはそうとは限らないが)、それがなくなった状況下においては、まず落ち着いて周囲見ようぜ、的なスタンスでないとなにもできないんじゃないかと。そんなような。
最近「無理すんな」「疲れることやめようぜ」っていう思考になりつつあるんだけど、これって俺自身が年食ったっていうより、そもそも状況がそうなってるんじゃないか、という気もしてる。
人間が有限である、というこの事実に対しては、もうちょっと寛容でもいいと思う。無限なんて一部の変人がめざせばそれでいいことであって。
人間は、原理的には無限だと思うが、現実的には有限だと思うんだがなー。だとして、肉体だけで生きてけるわけでもなし、この世界にあった自分のかたちを定義してやる方法は必要なわけで、それ自分で探すより与えられたほうが便利だと思う。与えられたもんが気に入らない人間は自分で探すし。
情報の取捨選択に関して迷ったときには、二つの軸を用意しているような気がする。まず「それは俺に関係あるのか」ということ。次に「それは本来俺が知るべきことであったのか」ということ。そのいずれでもなければ、重要ではない。
過剰包装ってあれですか。猫耳メイドコスの上からセーラー服着せて、その上から<censored>かぶせて、最後にスモック着せてあるようなの。
しかもおっさんずっとグチ言ってる。「気がつけばもう25年も働いてきてさ、ふと気がついたんだよ。自分はなんのために働いてきたのかってね。自分がやってきた仕事はいったいどういうかたちで残ってきたんだろう。家庭? 子供?」 同時配送なので女の子逃げられない。すごいかわいそう。



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