@shingoemoto 「ほんらいは自然の中に化け物をみるものであった」というところ、化け物というのは「驚異」とかセンスオブワンダーという意味でしょうか。違ってたらすみません。科学と妖怪(と宗教とオカルト)については、京極夏彦の「うぶめの夏」が面白かったです。
「社会」も「国」も「王」も同じ。浜本先生は、「信じるっていうのはね、あてにするってことなんですよ」と仰っていた。ギャンブルなのだと。
@magnapinna うわー、ありがとうございます!(><)そうですね、物であっても人であっても、基本は同じなんだと思います。一方的に相手への力を増していくモードってしんどいですよね、お互いに。続きみたいなことも書いております→http://t.co/J5LZOhXc
友人に勧められて観たけれど、大切なメッセージがたくさんあって、おすすめです。何かを伝えようとするときに。[TED Air] ベンジャミン・ザンダー「音楽と情熱」
http://t.co/PprgnWVw
それでも、これは特にKUSOの人には、できたら定演の前に見てほしいな。[TED Air] ベンジャミン・ザンダー「音楽と情熱」
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「リンゴ」まど・みちお リンゴを ひとつ ここに おくと リンゴの この 大きさは この リンゴだけで いっぱいだ リンゴが ひとつ ここに ある ほかには なんにも ない ああ ここで あることと ないことが まぶしいように ぴったりだ
@seramayo マーラーちゃんについて語れるほど詳しくないですが、yurekoさんの言われてるみたいに彼は世界そのものというより自分の精神世界を表そうとしたのではないかと。ただ偉大なる中二だったために世界レベルのどでかいものをつくろうとしただけで。
これ、本物なのか…信じられなかった。。 RT o2441: すごいダンス http://t.co/WE3lzRyB
@kazeto どういたしまして!だいぶ抽象的な話になりますが、最近買った「物理数学の直観的方法」という本の終章に、部分の総和と全体は一致するとみなせるか、つまり部分を取り出しても性質が変わらず議論できるか、その度合いについての数学的な見方について書かれていて面白かったです。
ユダヤ人に天才やスターが多いのも、生き延びるためには自分の頭で考えるしかなかったからだと思う。常にその土地の社会から同化を拒絶され周辺に追いやられる境遇にあるということは、スタンダードに安住して思考停止できないということ。
でも、ものごとの本質を自分の頭で考えることより、周囲の状況に合わせてパッと付和雷同するというのは日本人の特性らしい。生産性が高いが季節変動や災害の頻度も大きい自然環境、大陸の辺境の島国という環境ではこの特性が有効だった。
「客観的な基準に基づいた評価」という概念の重視もここから来ている。教育とは人間にとって、共同体にとって本質的にどのようなものであるべきかということを考えず、そのときどきの社会の要請する基準を優先するという姿勢が問題の本質。
背景には「質の高い労働力を大量に供給する」という社会からの要請があると思う。もっと遡ればムラで農業をするところに行き着くんだろう。一斉に同じ行動を取ること、共同体の結束が重要。
だから、優等生は無意識のうちに自分に枷をはめてしまう。文脈に外れた行動をとることが難しい。もともと能力が高くて「できてしまう」人は面従腹背を覚える。そして表立って逆らうことは割りに合わない愚かなことだという常識が生まれる。
できるということは、与えられた問題に上位者が想定した通りのやり方で想定された水準の答えを返すことで、他のやり方や水準以上のものは求められていない。
先生や問題作成者が何を要求しているかがわかり、その通り行動すれば中身を理解していなくても高い評価をされる。しかし「わからない」と正直に食い下がったり本質的な疑問を投げ掛けると怒られる。
日本の学校教育で要求されていることは結局「上位者の意図と、状況の文脈を読むこと。自分の意見やコンディションはどうあれ表向きはそれに従うこと」に尽きると思う。



carmine





