ずっと『ルート・アイリッシュ』について考えてる。行き詰まった国は戦争をはじめる。戦争は儲かるから。そこに民間の企業が群がり手段を選ばず商売に励む。そこから得た利益で潤う先進国の日常。私たちの一見平穏な生活に正義などないという真実を、ケン・ローチ監督は突きつけてきた気がする
自分の傾向として、陰口好きな人が大嫌いであることは承知してたけど、陰口を好きな人は大抵が私のこと大嫌いという傾向には今日気づいた
私は全然しなやかにしなれなくて、真正面からガツンとぶつかってしまう直情的な正義漢なので、巧妙で陰湿な意地悪には燃えあがってしまうのです。しかも、意地悪の対象が自分でなく他人だと、より燃える。いま般若みたいな顔してる
TwitterやInstagramで中途半端に顔を晒してる女性が、購入した服などのブランドを写真で晒す確立の高さ
「みんなイイコばっかりだもん〜」て言ってる人だけが、その人にとってイイコであることをいかに強要し、その人を敵に回さないために、その人にとって都合のいい接し方しかしてないことに気づいていない
(落ちるであろう)採用面接の結果がメールで来ることになってるから「お世話になります。結果は残念ですが、いつかどこかで一緒にお仕事できたらいいですね。ごきげんよう」とか返事してもいいのかな
INsideOUTの湯浅誠さんの最後のまとめ、素晴らしかったなあ。"自己責任論とは「自分には関係ない」としてしまう他己責任論だった" "民主主義のなかで生きていく限り、主権者という立場から降りることはできない"こんな感じだったかな。うまく言葉を再現できないが
今日バイト先にきたパンチドランカー扱いにくかった。ああいう壊れ方した人は苦手だ。頭の回転は早いのにコミュニケーション方法が幼く、人を小馬鹿にして笑いをとる。私の真に受けやすい性格を見抜いて、からかってきた。屈辱
TwitterやInstagrmに流れてくる女子の自撮り写真は、そこそこ可愛いけど、すごく可愛いってほどじゃない。きっと中途半端ゆえに本人たちも自分がどのくらい可愛いのかわかりかねていて、もっと可愛いと言ってほしい、自信につながるダメ押しがほしい、と思ってUPするのだろう
昨日の情熱大陸で、浅野いにおに「どんなときに幸せを感じる?」と聞かれた女子が「仲良くなった店員さんが辞めると聞いてメッセージを渡してすごく感動されたとき。人とのつながりを感じて」と言ってたのがすごく怖かった。求める幸せのそもそもの貧しさを感じて
私なら、ある意味"降りていく生き方"を提唱してる人を相談役に据えて考えたいな。五木寛之さんとか。重松清さんとか。世の中には、頑張り抜いて勝ち組でいないと価値がないなんて考え一辺倒ではなく、いろんな生き方があると提案できるような…
主義主張など持たず、適当な会社の事務員として過ごし、ファンションやイベントごとをほどほどに楽しんで二、三年後に公務員かトヨタ系企業の社員に嫁ぐ、というのが母の敷いたレール。私の本質も意思も全否定した彼女の理想は、叶うことがなかった
つまんない恋愛ポエムが流れてくるとイラッとくるのは、自らの過去とかぶるから。私ですら、時は中学時代。自己陶酔しきってノートへ書き散らしてた恥ずかしい時代。でも、誰にも見せられなかった。それが恥ずかしいことだと知っていたから。なぜ恥ずかしくないのだ?あの人たちは?
映画評論家のひととフリーライターのひとが悪口合戦繰り広げてるさまが時折RTされてきて気分が悪い。勝手にやってろ!
嫌いな人のタイプは、たぶん一言でいうと臆病な人。少しでも自分に不利益なことがあると悪口で武装する。人に興味はあるみたいだけど、すべて否定的で、悪いところばかり取り上げて馬鹿にしてばかり。共通の敵をつくって悪口を言い合うことで結束している人たち
もうあと十年もすれば「俺らんときは、もっと大変だった」って徹夜や休出なぞ当然のことのように言う輩は消えゆく。あとに残るはバブルの産物
恋する後輩のつまんないJ-POPみたいな腑抜けたポエムついーとに我慢ならず、たまに現れるごく普通の近況報告に執拗なまでに☆つけてる



チネッタ






