忘れたくないことを記録するのに最も適しているのは日記を書くことだろう。しかし日記は大層だし面倒だ。そこでツイッターをしているのだが、忘れたくない出来事の中にはツイッターに残しづらいものも多いようだ。どうしようもないので、多分、少しずつ忘れているのだろう。
今日の日食のことは将来、何を記憶に留め何を忘れてしまうだろう。仕事で小学校にいて、日食めがねを借りたり、望遠鏡の投影板を見たり、このまま欠ければ金環になるのにと思ったり、後で子どもたちの写真を確かめたら、日食めがねで見ている方向が一様でなかったりしたことを、覚えているだろうか。
5歳の子を初めて幼稚園に送り届けたら、靴箱のところで泣かれた。妻に伝えたら、担任の先生へ速やかに引き渡し、姿を消すのが泣かれないコツだという。新しいことを知った。
思い返せば、社交的になるためにはどうすればいいのか考え続けている11年だ。年賀状あたりがヒントだろうかと思いながら使いこなせていない。
食事中、近くのテーブルから「軽トラの座席表を考えておかないとな」と聞こえた。こういう発言はきちんと消化しておかないと夢に出る可能性がある。軽トラには運転席と助手席しかないのだ。
ひとまず「ご自宅のトイレカバーの柄は?」が浮かんだ。この質問に違和感を持たれないようにするのは相当難しいと思う。そして相当眠くなってきた。
パジャマよりプライベートで下着ほどプライベートではないものについて考えている。いやいや、眠らなければいけない時間だ。
「最近はどんな格好で眠っていますか」は、尋ねられた人がどんな気分になる質問だろう。違和感の大きさ小ささが距離感の大きさ小ささを示す、指標のような質問かもしれない。指標のような質問は、考えればもっと適切なのが出てくるかもしれない。
恋というのは冷静に考えれば相手の人の幸せにつながるように行動すればいいのだろうけど冷静に考えられないのが本当の恋だろう。
客として緊張を強いられる店は多い。僕は、緊張しなくなったとき常連になれたと考える。行き慣れたチェーン店は、そのチェーン自体の常連になったつもりでいるから旅先でも入りやすい。
すき家で新人の男の人が研修を受けていた。注文を受けるときの身の構え方や食後のテーブルの拭き方に、そこそこ細かいルールがあるようだ。僕は新人の人の立場でその様子を見ている。だから、ベテランのような顔をしている人は、できるだけ穏やかにマニュアルを伝授してほしいと思う。
怖い夢を見て大声で叫んで床を蹴って目が覚めた。戦争になり、料理包丁を持って戦う夢だった。こういう思いをしたくないし人々にさせたくないという願いが、いまの憲法をつくるとき、根本の一つにあったんだろうなと考えた。



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