@Dr_Andonuts そんな噂を友達から聞いたことがあるっていう話を耳にしたことがあったような気がします。(うやむや)
@Dr_Andonuts あのスニーカーがぶら下がってるとこは!!!!ドラッグディーラーいてます!!!!いったらあかん
The futureおもろそーだれか観た?ていうかミランダジュライかわいいな http://t.co/A7txYRKL
お…恐ろしい悪魔の所業…RT @takeo_hoshi: ペプシと豆乳混ぜたら美味しかった。 スターウォーズのおまけが欲しくて買ってしまう。
で、現在に至ると。これなにがすごいって、住んでる人達が常に自分たちの力でどうにかして状況を改善してきたっていう点に尽きる。彼らはちゃんと、「闘って」自分たちの権利を獲得してきた。
当然いくつもの団体がこれに抗議し、FAXを詰まらせたり、競売場に何万匹ものコウロギを放ったり(これ好き)、した結果、2000年前後には、700程度ガーデンが残っていたものの、結局私有地になり、徐々に開発されていった。
これにはもうひとつ意図があり、比較的移民系低所得者が多くくらす場所にあるコミュニティガーデンに新築のキレイな住宅をたてていき、住民たちのランクをひとつあげる、つまり低所得者を追い出し、中産階級の人達を呼び込む目的だった。
これが飛び火し、一気にコミュニティガーデンが広がった。しかし90年代の真ん中ごろになると、市は開発予定地として800のコミュニティガーデンのうち半数を住宅地として開発することを発表。
市は当然不法侵入だと訴えたが、中毒者系ホームレスの凍死が続く空き地を庭へと変化させていく様子をメディアに公開、市民を味方につけ、市からその土地の主導権を奪取。
彼らはバワリーとハウストンの交差点(どちらもマンハッタンにあるおおきな幹線道路)に、巨大な錠切り鋏とツルハシを持って現れ、空き地を占拠。庭を作り始める。
その空き地を住民たちはどうしたか。自らの手で、自主的な計画としてガーデンにしだした。大きな転機は、73年、green guerrillas による、侵入事件だった。



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