私が、なんとなく分かってたとはいえその先のあれをなんとなく複雑な気持ちで見ているのは、だからなんだろうなと思う。私が欲しかったものに二人という形で到達して見せてくれたりりちよさまとみけつかみが、君だったのかと微笑むりりちよさまとみけつかみのあの一瞬が、
分かるとか、分かりたいとか、もう、それなんだよね、私が到達したかった場所ってそこしかなかった。いぬぼくは理想のようなその「例」を、とてもきれいに、丁寧に、こちらに提示してみせた。りりちよさまとみけつかみが二人になることが、もう、あまりに完璧だった。理想で、隙なんてなかった。
いぬぼく最終話を見て、やっぱり泣いて、2話からずっと泣きっぱなしだったことを思った。りりちよさまとみけつかみという形そのものが私の欲しかったものだった。彼らが互いに掛け合うたくさんの言葉の中のいくつもを、私は欲していたし、同じように誰かに与えたかった。
「ぼくのことを初めて分かってくれて知ろうとしてくれたぼくとおんなじ君が、ぼくにそうしてくれたように、ぼくも君のことを分かりたい、知りたい、報いたい」で終わらせてくれないからいぬぼくはつらい。
もし一年留年したとして、浪人分を合わせると高校卒業から大学卒業まで六年かけることになるから、小学校卒業と同じ年数になるのか、と……
他人の語る、些細で、本人以外には何でもないような、取るに足りない過去の情景の話が好きだ。いろんなことに寛容になれる気がする。
この人のツイート好きだな、と思ってその人のページに飛んだときに、毎日のように複数の人間と@を飛ばし合っていることを知ったときのごまかしようのないがっかり感。
布団を巻かずに日中に外出し、髪を切り、野球をし、駄菓子屋で働くようになった藤和エリオを指して地球に帰還したなどと言いたくなかった。作品とは無関係な個人的な理由により。でもまあ、あれは逃避で、藤和エリオは帰還した。そういうことなんだろう。
もうすぐ春休みも終わるのですることがある期間とすることがある期間との間の何もしなくてもいい期間にいることの素晴らしさをを噛み締めながら昼寝に昼寝を重ねている。そしてまた寝る。



くぼみ







