夏色、サキ父、優しそうだし、案外言えば話をすれば聴いてはくれるタイプだろうけど、子供が親を困らせまいとして気持ちを飲み込んじゃうとかいうことには、頭が回らないのかい。
褒める、貶されるとか、他人の声が、返って来るみたいなのは、エコーで、周囲の地形を探って、マッピングしていくみたいなのに、ちょっと似ている、気がする。あくまで地図でしかない。
たぶん他人の中に物差しを担保し過ぎるとしんどいですよ。目指す方向と、自分の座標を考えるための情報だと思えば。
承認は欲しいけど、それよりも、自分の恐怖を取り除く、和らげる方法を考えるほうが大事(その一つが承認かもしれない)な気がする。それこそ、今は、問題が見えるから、演劇とか色々をやってみたい、と言う感じになった。
小津安二郎、僕と誕生日が一緒で、誕生日が命日なのだけど、昔、僕が誕生日を迎えるたびに、親父が嬉しそうに、小津安二郎という人がこの日に生まれてこの日に死んだ、ということを言うので(最悪だ)、僕の中の死のイメージみたいなものとゆるく結びついている感じがする。
どうやら見えるらしい友達は、幽霊について、そういうものがいるのではなく、その場所では、何かがそういう形で見えるんじゃないか、というような表現をしていて、きっと、幽霊、というのは、元の本人とは決定的に違うのだ。在り方から。場所に染み付いたにおいとかに近いのかもしれない。
昔やったADVの何かの影響か、天気のいい日は世界が終わる、たとえば、隕石が落ちてくると思っていた、ずーっとそういう日に世界は終わるものだと思ってきたし、今年もそんなこんなでゆっくり、夏がやって来ているのだ、なあ、五月も終わりだ。
気を抜くと、システムが思考に忍び込むけど、そこで楽したり、カッコつけたりしては、いけないな、あくまで、じっくり、システムに頼っては、いけない。
途中まで読んだけど、放置していたので、もう一回、最初から、保坂和志のカンバセイション・ピース、読んでるんだけど、何かマジ、小説だ。
お姉ちゃん。お姉ちゃんという言葉の響き素晴らしい。優しさも厳しさも遠さも近さもすべてがある。俺が、トゥルーデより歳上になってもトゥルーデはお姉ちゃんだ。



朽木孤島












