これでもなるべく「死にたい」っていうの控えてるんです。迷惑だとかそういう話じゃなく、のど乾いてる時に海水飲むようなものですし。
内分泌科の先生にも精神科の先生にも歯科の先生にも内科の先生にも母上様にもあんなに良くしてもらったことはない。
これ言うのもう何度目かわからんけど僕に一番優しくしてくれたのはストレスで横浜駅でぶっ倒れて救急車呼ばれた時の救急隊員です。ストレッチャーの寝心地サイコーだったのに細かく気を配ってくれて本当にいつぞやはありがとうございました。
「安楽死施設(もちろん利用者の想定通りに機能するという前提で)を導入するとこれこれこういうディストピアが待ってる可能性があるよ」と反対する意見を見るけど楽に死ねるんなら人生が嫌になろうがどーでもいいんじゃないんですか(ポジショントークという言葉を封じることに挑戦して失敗した例)。
生きる為にいろいろ進化しとるっつーのはもうわかったから、なんで生きることなんかを志向してるのかを知りたい。
タンパク質が最初の生命をもって生きることを志向するところまでは良しとしても、痛覚とか、不快感とか、意識とか、要りますかね、生きるのに。進化の行き止まりになって滅びろや。
「うつは甘えだ ナマポも甘え みんなの大事な血税を ナマポにまわしてなるものかー」みたいな歌詞の音頭を脳内で適当に歌って楽しんでる。



倉松鮟人













