Pixivのタグから作者のフェチ(異常性認識)を推し量れる。 野原の木陰で剛毛美女が全裸になって脱糞している絵に「スカトロ」とだけタグが付いていたとしたら、作者は「スカトロ」は特別なプレイとして捉えているが、剛毛やら野外露出については特に変なことではないと思ってる、と読み取れる。
カップラーメンの中に沈んだ具を、スープを飲まずに食べる方法が分からない。 今のところスープをカップ内で流れるプール状態にして、アク取り網で捕まえる方法で食べているのだが、箸だけで出来る食べ方をしたい。 えっ、「スープまで飲め」ですって?
ニャル子さんの原作を読んでいる。 クー子が1巻から出てきた一方ハス太は中々出てこなくてもどかしい。 あと作者さんはファイナルファンタジーがかなり好きっぽい。
身長がn倍になるとスリーサイズはnの2乗倍になり、体重はnの3乗倍になる。 これを分かってない漫画家が多すぎると感じる。 160cm・50kgの体格の美少女がその体格を維持しながら身長230cmになった時、体重は148.5kgになるのだが、それをデブと言う奴の空間認知力が知れる。
小学生の頃、教室に1台しかない扇風機を巡って「扇風機の電源を切ればみんな平等だ」との悪平等観念が浸透していたことを今思い返すと戦慄する。
美鈴の<censored>から<censored>が這い出てくる絵を見て、男性器と女性器の形状の違いは飛び出ているかいないかだけで、大雑把なシルエットは大して変わらないのだと実感したのが昨日の出来事。
性転換(TSF)作品は色々あるが、当人がいつ性転換するかってのは重要なポイントだ。 0~12歳くらい(本人は性の違いに無意識な時期)、10~20歳くらい(自分の性と理想像の性について不安定な時期)、18歳~(色々悩んだ結果、一応の結論を出した時期)で主人公の意識は大きく変わる。
「三つ子の魂百まで」なんて諺があるが、3歳の時遊んだぷよぷよを大人になった今も一番好きなゲームとして遊んでいる現在、その言葉の重みを感じている。
ラスクがお菓子コーナーに並んでるのを見ると不快になる。 ラスクって(主食である)パンの形が普通に見えているので、ウエハースやら煎餅やらと同列に並んでいると激しい違和感を覚える。 しかしパンコーナーに並んでいてもやっぱり違和感を覚える。 ラスクは不憫なお菓子である。 美味しい。
ら抜き言葉浸透により「らめっ、らめぇぇええ!」が「めっ、めぇぇええ!」となってみさくら語が崩壊した未来に果てしない不安を覚えることが年3回くらいある。
サークルで「異性に言われたいセリフ」ってお題が出ているのだが、異性が現実か虚構かで大分違ってくる気がする。



黒崎 文太






























