きっと地元の子なのだろう。動かなくなったレトリバーと女の子に、辛かったねぇ幸せだったろうねぇと、なじみな露天商のおばさん達が女の子に次々と声を掛けたが、コクンとうなづくだけだった。昼間どこにいたのかは知らないが、女の子もレトリバーも最期はいつもの砂浜で。と決めてたように感じた。
一日中泳いだりフリスビーで遊び、夕焼けの中を駅へと向かう道であのベビーカーに会った。傍らにはヨタヨタ歩くレトリバーはいなくて、女の子は何度もベビーカーの中を覗き込みながらゆっくりと押し歩いてた。少し早足で追い抜きざまに中を覗くと、やはりレトリバーが目を閉じて横たわっていた。
全商品100円のジュース自販機が釣り銭の10円切れで販売中止してるのを見て、仮病の師匠と崇めることにした
朝、須磨の駅を降りて海水浴場に向かう露天商の続く小道を、中学生ぐらいの女の子とベビーカーを引くレトリバーに出会った。古ぼけたベビーカーにはなにも乗ってなくて、年老いたレトリバーはベビーカーをヨタヨタと引っ張るのが大好きなんだな、とその表情を見るだけでわかった。
朝と夕方に偶然出会ってほんのちょっと傍らを歩いてただけだけど、このベビーカーに乗るかつての女の子と、それを楽しげに海岸まで毎日引き歩いてたレトリバーの一生を垣間見れた気がした。
「職安からハローワークに名前が変わったら『ハロー!』なんていってるミッキーとかいそうな雰囲気だよね」「まぁホントにいるのはプーさんばかりだけど」の小話が好き!!!
京都の狭い人気の無い路地を、着物の裾を摘んで「まにあわへん!まにあわへんえ!」と口走りながらぺたぺたと小走りな舞子はんを見た事がある。和風のシンデレラみたいで惚れた。
あ、そうそう昨日の5日はおいらの誕生日でした。いくつになったのかはもう恥ずかしい年頃なので内緒にしときますが、このpostのふぁぼられ数=年齢ということでいいです!ってか、もしぴったり正解のふぁぼられ数が出たらナニかあげます!
ファミレスで店員が伝票をテーブルに置いたら、風で飛んでひらひら落ちて「はら ほろ ひれ はれっ!」と伝票の動きにぴったり合うリズムで店員のおじさんが口走ったのを聞いて席に着いてた全員がコーンスープ吹いたのをなぜか思い出した。
オカンの料理には「いただきます」「ごちそうさま」しか口を開かなかった寡黙なオトンが、お椀の底に「梅の花」を描くことで「うめえ」と無言の感想を表した、二人だけに通じるサインだったのだと最近になってようやく気がついた。
ウチのヨメは新品の土鍋を買って、最初に小麦粉を溶かして炊いて素焼きの目を埋める作業を「土鍋のイニシャライズ」と呼ぶ。
残念ながら今まで犬を飼った事がないので愛犬との別れ際を体験したことはないのだが、一度だけ犬との別れ際に立ち会ったことがある。20年ほど前、夏の須磨浦海岸で会った犬だった。
放水車に水をかけられると、なにもかもやる気をなくしてもう安保とかレーニンなんてどうでもいいや・・って気持ちになる。と元過激派な高校の社会教師が言ってた。
小学生の頃TVで見たおばあちゃんが忘れられない。百歳近いのに知識に貪欲で14インチのTVの前に机を置き一日中観てるのだ。「毎日新発見ばかりで死んでるヒマもないよ」と一日で大学ノートをメモで書き潰すあの澄んだ瞳に一度twitterを見せたかった。時代はココまで来たんだおばあちゃん。
いつもの自販機でおじさんが100円コーヒーを買おうとしたが売り切れで、隣の自販機の120円コーヒーを買おうか躊躇してたが「・・贅沢やけどイイか。金曜日だし!」と小声で言ったのを後ろでおいらは聞いていた。
そういや新婚早々に前から夢だった、調理中の新妻を後ろからギュッと抱きしめるってのをやったが、後ろから首元に回したおいらの腕を包丁の峰側でトントンと軽く叩き「次同じコトしたら包丁の向き、逆になるからね?」「・・はい・・」と超冷静にたしなめられたのを思い出した。男の夢ってもろい(泣)



まうんと伯爵




























































































































































































































































































