再び『モーターサイクル・ダイアリーズ』を思い出して感傷に浸っています。ドゥルーズの「旅というのはな、行って帰ってはいオシマイじゃないんだよ。旅に出たらな、二度と帰ってこれないんだよ」というのが思い出される。元の自分には戻れない、ということです。
幼少の頃からてんびん座はほとんど毎日コメントが添えられていてたのでもしかして自分は特別な存在なのカモ?と思っていたら、単にめざましテレビの昔のMCである大塚がてんびん座だっただけだった、ということがありました。チャイルドアルアルです。
今日最も運勢の悪いのはてんびん座と言われえっ!と焦って開運方法を待っていたら、ラッキーアイテムが「食ったガムの包み紙」でさらに「一人でランチを食べれば運勢アップ!」と投げやりに言われ、本当に運勢が悪そうだったので笑いました。
個人的な話ですが、そういうのをいろいろ考えていて、結局卒論はエイズの法制史とか権力性とかについて考えていました。あと私も小児喘息だったのでゲバラの喘息持ちにちょっと共感しました。個人的な感想の連投すみません……。
ゲバラの専門がハンセン病というのは初めて知った。私の元恩師がハンセン病(らい病)史で研究を始めた関係で、教科書的な知識は持っているのだが、患者と医者との非対称性という最も大事な部分を描いていてとてもよかった。
『モーターサイクル・ダイアリーズ』を見ました。チェ・ゲバラが友人と南米を旅する実話を元にした映画だが、ひょろひょろの若者が立派な大人になっていくし、友情あふれるし、貧困に深く切り込むし、映像はすばらしいし、最高でありました。最高であります。
鳥界のダークサイドを担うカラスがゴミ袋を食い荒らしていましたが、今日は平和の象徴たるハトもすごい勢いでゴミを食いまくっていたので世紀末みたいで面白い!と思いました。
ゆとりなどの世代論から逃れ去るためには、「わたしはわたし(、人は人)」「ほんとうのわたし」「自由なわたし」という奴隷みたいな自己像をまず取っ払う必要があるのでは…?
友人の新居の周りを探索したら単館系のカルチュラルな映画館があったので「あ、ここ今度行こうよ!」と言ったら一人は「二人が行くなら行く」と言いもう一人は「行かない」と言ったので「あ!これは論理学的にみんな行かないパターンだ!」と思いながら残念そうな表情を浮かべました。
よくよく計算してみたら自分の奨学金は高い新車が1台買える程度だったことに気づき、なんだこんなものかと思いました。高等教育前進的無償化条約に基づき返済する必要はまったくないと思いますが、返すのは難しくないなと思いました。
「最後には、何一つ重要ではなくなった。ぼくたちは自滅したのだ。だが正直なところ、ぼくたちがおたがいに滅ぼし合ったと思ったことは一度もない。」美しい文章だ。ここにはすべての線が出揃っている。



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