明確な理想の友人像とか親友像とかない。それを他人に期待することと、一方的に勝手な要求をすることとの違いが自分にはよく分からない
行動が不快感を示すのに十分だと判断したから実行しただけで、それを示されないように機嫌を取れとかお伺いを立てろって要求はしてないんだけどなぁ。そもそも機嫌が悪くなったから行動に出た訳ではないし
他人がずーっと敵か味方かのどちらかの状態であり続ける、と考える人の言動はストレートだから分かりやすいけど、それを素でやってるとしたら多分ちょっと危ない人である
「宴会その他イベントで頑張りすぎる人にとって、その行為はトランス状態に入る重要な儀式なのだから、異教徒である我々は彼らの礼拝に敬意を表して邪魔してはいけない」という結論に至った
「好意があるならもっと関心/執着が示されるはずだ」みたいな主張がときどきよく分からないのは、その辺の感覚に違いがあるからかもなぁ、と
あれが白いライトだったり電車だったりしてもときめかない。バスの狭くてすぐ近くに見知らぬ人がいる座席と地面の上ゴリゴリ走ってる感覚が大事



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