スピンの有無とか、フォントとか、活字の字体とか、文庫本に限った話ではなく、出版社にはもっと気を遣ってほしいのだが……>RT
@atoreides また作家の安岡章太郎夫人の父親とも、従兄弟同士の関係にあるということで、その縁で安岡と「ナショナリズム」をめぐって対談をされてもいるんですよね(『ひとなぜ怒りを謳う―ナショナリズム講義―』)。そういう背景を知ったのは、この本を読んだあとになってからですが。
@atoreides 『平等に憑かれた人々』は学生時代読んだ本で、TL興味深く拝見しました。著者の平岡昇氏は、玄洋社の初代社長・平岡浩太郎の甥で、黒龍会の創立者内田良平の従弟でもあるそうです。ご本人は全く右翼ではないんですけど。
『最後の親鸞』も、わからないと言えばわからないが、割と好きな方に入るかもしれない。他にも面白く読んだものはいろいろあるけれど、「理論」となると、果たしてどうなのだろうか。
まだ立ち読みしかしてないけど、原文を上段、現代語訳を下段に(たしか)組んであったのは読みやすい感じで好印象。新井白石と平田篤胤の「鬼神」論をまとめてあるのも、よいアイデアだと思った。>RT
そういう意味では、昨日からの安藤礼二氏や小森健太朗氏などのTLで語られている「神智学」の系譜は、さらに射程を長くとって、小林秀雄にまでいくらかの影響を与えていると言っていいのかもしれない(この講演自体ではベルグソンの思想が主題となってはいるけれど)。
この講演をもとにした文章「信ずることと知ること」も併せて読むと、小林は今日出海らからそういう方面の話を(若い頃から)聴いていて、それがユリ・ゲラーに対する見方も含めて、彼の思想の一部を形作っていた、と思われなくもない。
小林秀雄の講演「信ずることと考えること」の冒頭では、ユリ・ゲラーのことに絡めて、今東光・日出海の兄弟(及び日本郵船の船長だったその父親)と「心霊学」やクリシュナムルティとの関係が語られていて興味深い。
『老子』は、その気になれば、幾らでもセクシュアルに「解釈」できるということに、今更気づいて驚いている(もちろん部分によるけれども)……
と思ってWiki先生をひもといてみると「創作の発端」という、檀一雄や井伏鱒二がらみのエピソードが、結構笑えるものであったりする(私太宰のこと、あまりよく知らないので。きっと有名な話なんでしょうけど……)。 http://t.co/IR6admV0
「走れメロス」が書かれたのは昭和十五年か。メロスの行動や性格を、右翼(や左翼)のテロリストたちと重ね合わせるような視点からの研究は、これまでなかったのか?
J・G・バラードの『殺す』(創元SF文庫)を読んだ。英国の高級住宅街で起こった大量殺人の真相を追う精神分析医を主人公としたミステリー仕立ての小説。バラードは正直言うといささか敬遠気味なのだが、これは素直に面白く読めた(ただ「犯人」の正体は、わりと早い段階で分かってしまう)。
『上田耕一郎著作集』、「第一巻 一九六〇年~六四年」ということは、1956年刊行で、いろいろ「事情」のあるらしい『戦後革命論争史』は、やはり入らないのだろうか。http://t.co/tDY28q76
〈メモ〉「弱者は法律を欲し、強者は法律を拒み、野心家[デマゴーグ]は追従者を得るために法律を促進し、君主は強者を弱者と平等にしようとして法律を保護する」(ヴィーコ著/上村忠男訳『新しい学1』法政大学出版局、p.166)
二・二六事件の時、最寄の駐在所の警官に電話がかかってきた。現在の状況を知りたいらしいのだが、名乗らないので「誰ですかあんた?」と聞いたが、その答えがさっぱり要領を得ない。しかし、相手が一人称として「朕」を使っていることに気づき、警官の足はがくがく震えだした(実話らしい)。
「きっと特殊意志しかもてないお前達に告げる。ロベスピエールを支持するのだ。いまこの政治制度は、私の力で余命を保っている。それを先刻から黙って聞いてりゃあ、全体主義者だ被害妄想だ変態だと、勝手放題ぬかしやがって。こんなにも心優しい私を傷つけた、その代償頂くぞ。社会契約しましょうか」
チェスタトンでは『木曜の男』と『ポンド氏の逆説』が、たぶんいちばん好きである。『ポンド氏』の〈相互の意見の一致を見たために相手を殺した男の話〉は、皮肉が利いていて大好きなので、何度も読み返した。『木曜』は、光文社古典文庫の新訳も悪くはないけれど、やはり吉田健一の訳がいい。



奈良楫













