元当事者が自身の黒歴史を自嘲気味に話すのではなく、あんまり関係ないはずの第三者が当時の奴らはああでこうで言っているのを見ると非常に悲しくなる。
手元のCDをステレオにセットするのが面倒になったのは随分昔だけれど、ここのところはHDDの中の音楽ファイルを検索するのも面倒くさくなって、立ち上がっているブラウザの検索窓を利用したりする。ネット上でどうしても見つからない場合、初めてHDDの中を探しだす。
地上波のテレビ中継はこちらでまとめられています。 「日本代表・EURO・なでしこ..5月末から8月のサッカー地上波放送日程」 http://t.co/7ULe2kBL
虚構新聞は既に相当広い範囲にその存在を知られているはずだけれど、今回の件で更に更に広く認知されるようになったのだろうなあ。最近とみに減少傾向のあるテキストで真っ向勝負する稀有なサイトだし、新たなファンを得て更に多方面のネタを提供してくれたらとても嬉しい。
いつだったか忘れたけれど、人の集まらない方向に向かいがちな自分を意識した時は寂しかった。結局人が集まるものを意識しまくりじゃないかと気付いてしまい袋小路。
今自分は人があまり注目しないマイナーなものを愛でていると自覚する瞬間にも、人が注目しているものを意識しているのだから恐ろしい。序列を意識せずに暮らすなんて不可能だろうかなあ。
コミケ会場で五桁六桁と惜しげもなく投じる理由は、そこでしか手に入らないと言う脅迫感が大きいと思う。もしくは、誰よりも早く手にしたいという渇望であるとか。
性別なんて決められない 第14話 「彼女が実家にやってきた」 http://t.co/JlhDl3G7 はじめから読む場合はこちらから http://t.co/VXRtARbx
私、長期的なヘッドフォンの使用で、どうやら相当耳に負担かけている気がする。 http://t.co/ZyblQxBP
何に触れても結局無駄に消費するだけで終わってしまう。でも、無駄に消費せずに終わらせる方法なんて、誰かにその体験を語ることくらいしか思いつかない。それすら出来てないってことだけれど。
@solarianFE478 残念ながら、「姫ちゃんのリボン カラフル」は全4巻で完結となってしまいました。個人的に、もう少し続いて欲しかったのですが。
現在のネット上のコミュニティは最新の情報には強いけれど過去のコンテンツへの入口が狭い。個人的にはもっともっと古いコンテンツを楽しめればと思うのだけれど、自分だって主として新しめの情報をツイートしていると言う矛盾が。
ネット外で知った方の公式サイトや公式ブログをチェックする時には相応の覚悟を持って挑まねばならぬことを忘れていました。大好きなあの人の日記が引っかかって引っかかってどうしような状態。見なきゃ良かった。
エヴァートン対サンダーランドを観戦しているのだけれど、ブルックナーの交響曲第5番第2楽章をストップさせずにバックで流していたら、生中継なのに過去のゲームを振り返るみたいな映像になっている。音楽の力は偉大だなあ。
自分の腕時計に「29日」だときちんと表示されているのを見て、なんだかとても暖かな気分になった。自分の見ていないところでもちゃんと仕事をしてくれているのだなあと。
いくらなんでも検索エンジンに依存しすぎな気がする。検索結果の履歴は残らないし、検索文字列の履歴も残していない。自分があるキーワードを忘れてしまったら、同じ検索結果を得ることは出来なくなってしまう。もちろん、肝心の検索結果は時期ごとに変わってしまうのだけれど。
疲れている時には、既に読んだお気に入りの物語を読み返すのが一番なのだろうかなあ。あとは、展開がある程度読めるジャンルの物語。












