現実の富野監督が説教キャラになるのは、要はライバルが居ないせいなんだけど、だからといって本当にライバルが現れて行われる現実世界の説教戦闘はちょっとオモシロすぎるので、今のままでイイんだと思う
夏色キセキ8話。ディティール細かく描かれた旅行の高揚感と、それが逆説的に浮かび上がらせる紗季の疎外感との対比が上手く出来てて面白かった。優香大活躍 #8 #NatsuKise
夏色キセキ 第7話「雨にオネガイ」 (24:12) #nicoch #so17900001 http://t.co/at4HmngF JJネットにアイドルとして見初められると後が怖いやなあ…
「帰るべき日常」ってのが「べき」ってある通り規範論であるのは間違いなくて、誰の身体にもぴったり合う日常など無い以上、それの強化はいつか「呪い」を産む。つまりエヴァですね。
目の前の現実から逃げるためには、「自分が傷つけることしか出来ない」というもっと辛い現実に向き合わなくてはいけない所が切嗣の良くないところで
学園ガンダムの方が人気出た気はするけど、AGEの目標って復讐つまり「非日常」を描くことなので、そこに安住できなかったのは仕方ないんじゃないかなあ
ネギまってヒロイン31人並べて「選挙」させて、というAKBバリの狂ったコンテンツとして始まった訳じゃないですか。それが「王道の物語」として落とし込まれるのは技巧として上手いけど輝きはないよなー、と
つまり高寺Pがこだわったという「ヒーローの最後の戦い」を一番体現してる平成ライダーが555なのではないかな、と
五代自体は生きてるクウガ、津上くんじゃなくてもいつか必ず現れるアギト、ヒーローが主題にない龍騎、不死になってしまった剣崎、と来て、それ以降は明確に終わりが無くなっていくわけで
あの後すぐではないかもしれないけど、「ヒーローもいつか死んで終わるんだ」というのを明示した意味は大きいのではないかと思う>555
たっくんは自己犠牲どころか「自分の人生を賭けるべき何か」を何一つ持たないとこから始めて、そこが悲劇だったわけで、自己犠牲の文脈で捉えるのはちょっと疑問が
野球は投手が投げないと打てないけど、サッカーはあらゆるタイミングで能動的にシュートが打てるのだよな。必殺技の文脈は後者の方が圧倒的に親和性良いw














