その時代をその場所でそう過ごした者は自分しか居ない。ありふれた自分だけの人生を社会の檻の外からも見てみたっていいんじゃないだろうか。
ただ、人生の中で「浅く狭い」世界の住人を自覚する人が深くも広くもない自分を責める必要は無い。小さな世界で幸福に足る人が無理に頑張って世界を広げようとするのもいいけど、そのままでもいいよと言いたい。
一つの物事に夢中で取り組んで自分にしか出来ない何かを成すのが一番、一つで勝てないなら色んな事をやって積み上げていく。そのどちらかで「頑張る、充実させる」って行動していくのは学問や仕事じゃ正解だと思う。
忙しい時期だから他人に気を遣う余裕もなくなってしまうかも知れないけど、余裕ができた頃には余裕がなかった頃のことを振り返ってみて欲しいね。
外のトイレ使うと目線のとこに「いつも綺麗に使っていただきさんきゅうね」みたいなことが書いてあるけど何故か忘れられないのが「一歩前へ出ていただきありがとうございます」だ。この文章を読んだ時点で一歩前へ出た状態なのかどうかで少し態度が変わる。
やっぱりいいやなんでもない。自分一人で抑えきれないことは答えが出なくとも考えないようにしよう。これは今よりもっと近い存在がないならだめだ。
「自分を哀れだと一方的に主張して相手を悪者にしていることに気づかない」とか、結構いろんなことに対してそうです
ちょっと変かもしれないけど、いつも通りヘタクソなはずなのに全然そんな風に思わなくて、しかも自分だけだからどんな感情も抑える必要がないし。なんかすごいかもしれない。
なんで暗いときにヒトカラに行くといつもよりすっきりするのかちょっとわかったかもしれない。普段誰かに伝えたいとか聴いてもらいたいって思って歌ってるから、こんなときはその対象が自分になってるんじゃないかと思った。自分なら聴いてくれるし。自分が自分のために歌ってくれてるような気がする。



SHIDEN







