ハイスクールD×D、初めて観てるが、これも”オカルト部”なのか。もはや名目だけになってるのに生き残り続ける90年代設定に半笑いする
リアルじゃない、とか意味不明な批判をさらされ続けていくことになるな。もっと、「アムロが乳首たたせながらチェーンにキレるシーンが」という方面でチョイスしていかないと…w
そしてその線引きは真っ先に捨てられた感がある。UCとAGEやゲームにまったく掠ってないオレだから言う
リアルロボットの何がリアルって本当は乗ってる人間の内面がリアルなんであって、ロボットは飾りというか演出上リアルっぽく動くというのが、適当な線引きなのではないかと最近思う
最近のハーレムアニメの主人公がオタじゃなく不良とかリア充とかなんだが…視聴者は悔しくないのか
これは色んな分野で思うんだが、文化が一色に染まってきた時に、消費者側でカウンターや別の流派が出るかどうか(つまり同人)でその文化が永続するかどうかが決まってくると思うんだが。まぁ、最近はネット以外ではぜんぜん見ないな
でもその回答を出したのがコロコロではなく、ジャンプだったというのが笑えるが。コロコロはポケモンに身売りしたからな!
その意味でミニ四駆→カードゲームの流れは自然なんだよな。ただ前者は手で触る質感とかが入ってくるが
カードゲームがゴミかどうかは本人が決める領分として、射幸心を煽るくじびき要素とゲームを一体化させたもの、レアカードなどの価格の吊上げは企業等に容易に操作されやすいこと、は明示されておいていい
三谷幸喜脚本で一番好きなセリフは、「金で何でも解決できるわけではない。だが、たいていのことは解決できる」だな
国家はあらゆる概念を支配し管理したのに、祭りだけはうまく管理できないな。認知すらしてねーんじゃねーか? そのせいで世の中から祭りの割合が少なくなった気がするわ
キャラクターは歳をとらないが、その声に宿った分のアニマはきちんと歳をとって歳をとった演技をするんだよ。つまり、キャラの中の何かはきちんと歳を取るんだよ…。
昔の人気声優を、お母さんとか中年の女性の役とかやらせると、なんか、なんかすごい哀しいな。泣けてくる。時とともに去りぬって感じだわ
クソが。オレは有名企業から出張ってきて成功する奴より、何だからわからんところから出てきて、何かよくわからんもん作って、気づいたら倒産してる会社の方が好きだよ
そしてこの感覚に訴えるのが芸術であり、もっともやりやすいのが音楽だろう。近代芸術がどれも、時代性や最新性を追求する宿命にあるのはここらへんが(無意識の)動機だろうな
すると、キリストもローマやユダヤのロジックの”臨界点”に、それに反応して逆説として出てきたという解釈もできる。そうすると、なぜあれが地下宗教のまま何百年も生き残ったのか説明できる。みんな同じような臨界点を感覚的に察知していたのではないだろうか
人は感覚的な領分がたぶんにあるので、金の集まるところとかに無意識に反応できるのではないか。餌を捜す動物のように。そう考えれば無軌道に見える人の行動も、その集団心理も理解できるし、操作できる
人間は意志だけで動くのではない、という当たり前の規定をすることで、魔の領域を生き延びさせている。これなら何でも説明できる。なぜカウンセラーはこれを悪用しないのか…。



牢太郎's CounterAttack












