「社会の歯車になんかなりたくない!」って主張の裏には「中身なんか知らなくても動かせるはず」という前提がある気がする。身の周りにある機械の中身がわからなくても使えるのはよく考えられたインターフェースがあるからで、本来なら腕一本くらい持ってかれてもおかしくないものもあるはず。
デートをするなら、帰り道を一緒に歩いて帰るデートがいい。なんとなく疲れてて早く家に着いてほしいと思いつつ、でも着いてほしくない、みたいな?
「下ネタ」と聞くといつも、高校生のときに同級生からシーモネーター(現SEAMO)の話をされたことを思い出す。あまりにもどストレートな名前にウケて「シーモネーターwww」と言った瞬間に、タイミング良くクラスが静かになって僕の声が虚しく反響した。今でも鮮明に覚えてる。
雨の日ばかりで少し飽きてきた。でも飽きるのは「いつかは晴れる」と思ってるから、ひいては「明日がある」と思っているから。忘れてしまいがちだけど、一日一日はもっと大切なはず。一秒一秒の積み重ねでもっといろいろできるはず。
「本読んでる人って頭良いんだってね」と言われたので「そんなに褒められるほど僕は頭良くないよ」って返したら「いや、君のことじゃないし」と即答されて、切腹した後に介錯された感じになった。
「好きです。付き合ってください」「そばにいてください」。"告白"としては似たようなものだけれど、きっと言う側の意図は全然違う、こともある。
不安なことや嫌なことがあるときに誰かが気になる。大抵の場合、その人のことが好きなのではなく嫌な状況から逃げたいんだと思う。逃げる言い訳に誰かに好意を持つことは嘘だと思うけれど、きっと「傍にいてもらいたい」と願う気持ちのは本当だと思うので、好意そのものは本物なのかもしれない。
「ゲレンデが溶けるほどの恋」を僕が実践したらと想像してみたら、「『考えさせて』と言われて待ってたらゲレンデの雪が溶けて夏になってました」というラストが見えた。
ツイッター上でどんなにゲスい話でも上品に見えるくらい語彙を鍛えようと思ったのに出来ません。原因はきっと自分の語彙が足りないか、普通の単語からゲスい話を想像してしまうくらい妄想力が逞しいか、のどちらかです。



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