子どもが見てるアンパンマンを片手間に聞き耳を立てていたのですが、うさ子ちゃんが「わたしたち、今から官公庁に行くところなの!」って言っておりまして、住民票でもとるのかなー、抄本かなー、と思ってよくよく聞いたら、なんと「パン工場」でした。そりゃそうだよな。住民票ならWebでとれるしな
「トッポってすげえよな」西日を背にした彼の表情は、どんなだっただろう。私はそれを知りたいような、そうでないような、妙な気持ちで聞いていた。最後までチョコたっぷりなのは分かっていた。それも、初めから。ただ、その事を彼の口から聞くことが、あの日の私はどうしようもなく怖かったのだった。
子どもがまたせがむので今度は歩いて電車を見に来たのですが、ちょうどいい具合に時間が重なりまして連続で四本も見ることができました。子どもは「シュシュポッポー! シュシュポッポー!」と呼び続けています。飽きて
「トッポってすげえよな……」彼の訴えは、ひとつの銃声によって遮られた。硝煙と、少し遅れて血の匂いがした。確認するまでもなく、彼は既に事切れている。「片付けておけ」短い指示。私は作業に取り掛かる。彼の瞼を下しながら、私は決して届かぬ言葉を贈った。「最後まで、チョコたっぷりだもんな」
「古き良き時代」は「今」にしか存在しない。そんな時代はかつて一度もなかったし、逆説的には「今」が未来のいつの日か「古き良き時代」になっていくんだよ。そうだな、それは僕たち一人一人の、学生時代のようなものかもしれないね。過去はいつでも淡く、そして綺麗なものさ。あ、カルアミルク下さい
ディーラーで暇だったのでDVDを借りて見ました。子どもが適当に踊ります「子どもがアンパンマン体操に集中しない動画」http://t.co/zTfMAVzy
ストローの包み紙をこう、寄せて寄せてしわっしわにしたやつをスポーン抜いて、そんでそれに水を垂らすとうにょいーんって、イモ虫みたいに動くやつあるじゃないですか。僕それが好きで子どもに見せてあげたんですけど、楽しさが全く分からないらしく、ポカンとしていました。僕だけ楽しいことになった
子どもが悲しそうに「シュシュポッポみたい…シュシュポッポ、みたいよ……」と袖を引くので車で連れ出したのですが、なんと新幹線まで見ることができたため父の威厳は完全に守られましたし、あと新幹線見て「ゆうびんしゃ!」と言っていました。郵便車ではねえよ
おじいさんは山で笑い、おばあさんは川で笑い、鬼は鬼ヶ島で笑っていました。全てが歪んだ世界で桃だけが、どんぶらこどんぶらこと、川を流れておりました。
「トッポってすげえよな」それは彼にとって客観的な事実であり、主観的な真実でもあった。彼がそれに出会ったのは、まだ暑さの残る九月。大学の図書館だった。いつもの席に荷物を置くと、隣に一人の見知らぬ女学生が座っていた。「トッポ、食べますか?」それが彼のトッポとの、彼女との出会いだった。
「トッポってすげえよな」アイスティーの残りの氷をつつきながら、女はつまらなそうに相槌を打っていた。「そうね、すごいわね」「ちゃんと聞いてんのかよ」「聞いてるわよ、最後までチョコたっぷりなんでしょ」彼女はいささか彼に退屈していた。溶けた氷はグラスにぶつかり、澄んで綺麗な音を立てた。
「トッポってすげえよな」彼は言った。「最後までチョコたっぷりなんだぜ、信じられるかよ……」私はただ彼の最後の狂気に耳を傾けていた。「なあ信じられるかよ、俺は信じられるぜ……トッポって、トッポってすげえよな! なあ!」そして彼は薄暗い塹壕から身を翻すと、銃弾の雨に飛び込んでいった。
「その点」彼はひとつ咳払いをすると、流れるような口調で語り始めた。「トッポってすげえよな。最後までチョコが注入されている、それもたっぷりとね。他にこのような菓子がこの世に存在しうるだろうか、いや」集まる視線を楽しむように、彼は居合わせた全員を一瞥してからこう締めくくった。「ない」



スズコスケ












































































































































