「ガール」観たよ。ボーイとして全国のボーイ諸君に言えることは、この映画についてガールどもと語り合わぬことだ。君が「結局さ~」と語り始めた段階でそれはもう"詰んで"いる。もしガールと「ガール」の話題になったら、君にできる事は相づちを打つことだけだ。
「機動戦士ガンダムUC episode5 黒いユニコーン」を観たよ。もうバトルシップと同じなんだよね。逆襲のシャアへのオマージュが今回は多く、そういうの観るだけで、映画としての出来はまあいいかとなるわけで。今回も最高に楽しみました。場内もみんなニヤニヤしててキモかったはずです。
映画クラスタでは良く「観てみなきゃわからないしな・・・」「観ないで批評するのはフェアじゃない・・・」とか言うけど9割がた死亡フラグだからね。そんもんだいたいダメに決まってんだからwww
前売り券を何処で買うかは東京では結構重要だよな。テアトル系はTCGカードでOKだけど他はやっぱ前売りで観たい。渋谷はTSUTAYA、新宿は南口のチケットショップ、有楽町は交通会館でいいけど、六本木とか、池袋は結構困る。池袋東武デパートの中のぴあなくなったのが痛い。
ま、ホントに落ちてる時にガンバレ系映画なんて観ないよね。落ちてる時にそういう映画観ると、いつもはあまり気にならないちょっとしたご都合主義にさえ噛み付いてしまいそうだもの。
「築地魚河岸三代目」は目くじらを立てるほど酷くもないけど、これをシリーズ化しようとは確かに思わない。何であんなにあえてダサく作ったのだろう。あえてダサく作ることが先人たちのシリーズモノに近づけると思ったのだろうか。
例えばスポーツカードのパックとかでもジャージカード(選手着用ユニの生地が挟まれたカード)とかサインカードとか百パックに一つしか入ってないカードとかもあって、まあ封入率の観点からはグレーなもんは腐るほどあるのです。
ちなみに綾瀬はるかのあれは確か冒頭15分とラスト15分にしかなかったはずなので、途中はまったく観る必要ないです。2回観た僕が言うんだからたぶんホントw
邪悪なメモ復活したのか・・ RT @sasakitoshinao: 維新の会から教育論が何がどうつながっているのか。その全体像をチャート化する。すごいなこれは。/トンデモ教育論「親学」を推進してる人たちの話 - 俺の邪悪なメモ http://t.co/5MWryxgg
「わが母の記」はキャスティング確かに良い。もはや定着したしっかりものキャラの長女ミムラ、ちょっと陰のある長澤まさみ風の次女菊池亜希子、おさげ中学生から大人の女までこなす三女宮崎あおい。この三姉妹だけで十分楽しめるが、これにまさかの方言キャラの真野恵里菜もついてくる。
映画中に会話する老年夫婦は、老年になってから映画館に通い始めたからマナーを知らないのか、それとも昔は映画中でも話してるのが普通という文化があったのだろうか。でも本質にあるのは実は空気を読む力の無さな気がするけど。
「捜査官X」観たよ。変な映画だけど、アクション映画としてやるべき事はちゃんとやってる。金城武は日本語話さないと良い役者に感じる。捜査官Xなんて邦題になっちゃってるけど、ちゃんとドニー・イェンのアクション推しにした方がお客入る気がするけど、どうでしょ。
メジャー邦画のダメっぷりをパロディにすること想像すると、まず壁に向かって木でゴーンゴーン、その後水没しそうな船で恋人と延々長電話、一方ではお花畑でのクレーン撮影、メンバー横一列に並んで一人ずつ恩師に感謝を延々述べる・・・ってのがクライマックスシーンだな。意外と面白そうじゃないか。
「ももへの手紙」もジブリマークが入ってれば、軽く10億は行く。ってこの話をしたら元も子もないね。全年齢層向けアニメ市場は完全にジブリか、それ以外になってるわけで、そのブランド力を羨んでも仕方がない。
「ももへの手紙」が歴史に残るような映画だとは言わないが、こういう良心的な真面目な映画がこけすぎると、後が続かなくなるので、もう少し入って欲しい。って僕河童とかマイマイの時も同じこと言ってましたね、たぶん。
「ドライヴ」冒頭の10分公開されてるのね。このプロのお仕事ぶりのシークエンスはホント好きだわ/「ドライヴ」冒頭10分 http://t.co/YalBuwZh
「ドラえもん のび太と奇跡の島 〜アニマル アドベンチャー」を観た。年間ワーストを争う酷さ。幼稚を通り越して、もはやちょいちょい教育上悪い。脚本は何が軸かも見えず、支離滅裂。誰も目的意識のない話って。脚本は前作の鉄人リメイクの人と同じで、鉄人の駄目なとこだけで構成されてる感じ。
「名探偵コナン 11人目のストライカー」を観た。劇場版コナン全てを観てるわけではないが、知りうる限りでは最高傑作。ただし、やってることはコナンフォーマットしては亜流で、クレしんのオトナ帝国とかの手法に近い。サッカーが好きだからこそ響く。ストライカーに胸熱。正直少し泣いた。
「KOTOKO」coccoという非現実的な存在が、映画全体の現実と虚構の曖昧さそのものを体現してるわけで、つまりこの映画やっぱりcoccoと観る人の親和性にかなり委ねられてる。coccoの使ってフィクションを作るという場合はこの一択なのかもしれぬ。

















