生まれてこの方、ずっと外向的で社交的でバランスのとれた人格だったような気がしてくる。だけどもふとした拍子に冷静になって、自分の実態がそんなんじゃないって気づくと、よけいに自分のどうしようもなさが浮き彫りになる。
私なんかなあ、あの、あれだぞ、こんな時期になってもめげずにES書いたり試験受けたりしてるんだぞそりゃ努力の継続とか得意に決まってんじゃん。なあ?
やだなあグループの和を尊重するしどんなときも前向きだし独創的な発想もできるに決まってるじゃあないですか!!!
人は死ぬと、あの世の門番に「私に足りないのはどんなことでもくじけない忍耐力だ ハイ・イイエ」とか「意見が対立した時は相手の意見を尊重する ハイ・イイエ」とか検査されるのかな。
世界の地下鉄網は「同じ形」:ネットワーク分析で判明 « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム - http://t.co/sc27I913
というかあの程度のバレバレな性格検査さえクリアできない時点で、学力検査の点数が取れるはずもないよな。二重三重のバカだわ。
自分にできること云々つったって、結局私がやっていることといえば、その人のブログに何度もアクセスして一人でカウンタを回すことだけだぞ。ばかじゃないのか。
ネタのひとつだなんて全然思ってないし、ごく親しい人にしか話したくないし、こうやって文章にして本当にごめんなさいって思っているのに。何より、起こらなければよかったことだと分かっているし強く思っているのに。
そういう体験を、字数とか文章としての体裁とか気にしながら書くなんて、誰にとってもプラスにならないと思う。過剰に身近な人であったかのように繕いたくもないし、他人にとって分かりやすいように気を使って表現したくもない。



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