ふと思ったけど、「飛影はそんなこと言わない」と否定するのではなく、むしろ飛影がそんなこと言うようになったプロセスをこそ妄想すべきだったんじゃないだろうか?
相手の話をちゃんと聞くフリをしながら、実際は「議論の余地なんかこれっぽっちもねーよ!」と思ってる人がいっぱいいるので、議論はたいてい議論にならない
「ポルノ要素を必ず入れなきゃいけない」ととらえればそれは制約だけど「ポルノ要素さえ入れればあとはなんでもやっていい」ととらえれば器の大きなメディアだったというわけですかね
「メモ帳持ち歩けよ」とか言うけどね、「なにか思いついた!」→「そうだメモ帳」→「あれ、なにを思いついたんだっけ?」ってなる程度には記憶の消化が早いんだぜ
そのへんに転がっている「議論」(と称されているもの)をみてると、説明や説得する気なんてさらさらなくて、批判と喧嘩がしたいだけなの? と思わせるものばっかでなんともなあ。納得させてくれたらそっちに傾くのは自然なことなのにね
そいやダンガンロンパの「超高校生級の絶望」ってのもちょっとよくわかんない肩書きだったよね。絶望が希望な自己矛盾というか。個人的には、誰も望まないし利用もできないからこその「絶望」だと思うんですけど
ストーリー至上主義とキャラクター至上主義の対立というか比較はよく語られるけど、シーン至上主義という立場はなんだか影が薄い気がするのよな。ドラマってのは場面に集約されると、個人的には思ってるんだけど
この時間帯、twitterのトレンドにはいつも「変な時間」(変な時間に目が覚めた的なツイートが多いため)というワードがあがるわけですが、そんなことを経験則として知ってる自分の生活リズムがヤバい
ギャグ・コメディ作品における「バカバカしい」とか「アホらしい」というのは、知能の低さを表してるわけではないよね。むしろそういうのを書ける人ってのは大抵頭がいい
「手をつける」という行為は数字上では最初の1%でしかないのだけど、手をつけた時点でその行為の半分は終わってるんだよ。気持ちのうえでは



タロ犬




