世の中で起きている「○○問題」と「××問題」は、完全に別な場所で起きているのだろうか。それを事前に、完全に把握することができるのだろうか。新たな問題提起の可能性はないのか。
だから、さっきの僕の「ハラスメントを受けたと思ってる」はちょっと言い過ぎで、実際は「今のハラスメントの考え方でいったら、ハラスメントと言いうる扱いを受けた」くらいのものです。
ハラスメント、という考え方が大切なのは、これまで嫌がらせとして認めてもらえなかったことを認めてもらえる回路ができるからだと思う。それは、ハラスメントと言って告発「しうる」ってだけで、嫌だと思わせたすなわちハラスメントだからやめなさい、って意味ではないと思う。
だから、悪意があるかどうか、とか、その場(飲み会やネット)の合意があるかとか、あんまり関係ない。それくらい、自意識は高くなると思う。でも、関係性を変えるより先に、その自意識との付き合い方を会得しちゃうんだよね。。
先生や先輩みたいに権力差があるときは特に、自分の立場が大事だもん。常にそれとの葛藤な気がする。このハラスメントを我慢するか、立場を守ることを優先するか。こんなに冷静に考えることができるようになったのは、大学で勉強してからだけど。
私もそう思いました。狭めてるのに、これが若者だ、っていわれて、世の中で売り出されてしまってる。 RT @maix4: 古市さんの本は社会に貢献しているのか? むしろ「若者」のカテゴリを狭めているような気がする。#zetsubo
#zetsubo それぞれありますよね、って言われましても。「若者にもいろいろいる」って言いながら触れられていないことを批判することは大事じゃない?
「浪人、留年を気にするような学生は、点数、というたった一つの物差しで自分を測っている。そこで私はその若者に言ったんです。社会人の物差しは違うんだよ!」……また物差しあんのかよ。。
たとえば学部時代はサークルで、みんな(大多数)がどうしたいのかを毎週会議して話し合ってたけど、入院してからは個人(少数)がどうしたいのかを聞き出すのに一生懸命になってる。個人の集まりが集団だとしたらやってることは同じじゃん、と言えなくもないけど、頭の使い方全然違うな、って思うわ
「今までで一番頑張ったこと」って質問の、一番、ていうのは何を基準に決めるのかな。疲労度?満足度?たぶん、「就活で売りにできる度」なんだろうけど。毎度毎度、自分なりに頑張ってきたわけで、それぞれ質が違うわけだから、一番もなにもないと思うんだけどな。
@IHayato 僕にとっては、そんなふうに、(企業)社会では見落とされ、排除されてしまう個性やこだわりを追及させてくれるのが大学です。
@IHayato 僕がわざわざ大学院まで進学した理由は、これまで僕のことを掴んで離さなかった社会の違和感を捉える言葉が、学問の中にしかなかったからです。本を読めばわかることかも知れませんが、出会う機会は大学でしか得られなかったと思います。
「恋人ほしい」って絶対なんかおかしいんだよ。単に寒いとか、人肌恋しいとか、話を聞いてほしいとか、叱ってほしいとか、<censored>したいとか……多分他の人でも代用できるんだよ。多分。なんでも安直に「実在しない恋人」に頼りすぎ。



toco.












